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立教特派員レポート

消えない赤を心に


 ガシャン。僕達を放り投げるように扉が開いた瞬間に、熱風と胸におさまりきらないザワザワと、そして赤、赤、赤!
見わたすかぎりの赤に包まれる。ちょうど、広島の野球チームの試合が終わったらしい。目の前には地球の
人口の半分じゃないか、と思ってしまうような赤がたくさんいる。なんだか、自分がとても小さくて、赤にのみこまれて
しまいそうだった。広島は、僕と違う。

 今回、赤になるために広島へ来たのではなく、曾祖母の七回忌を広島で行うため、家族で新幹線に三時間ぐらいゆられて来た。親族と顔を合わせたが、やはりいつも通り笑っていた。泣いていたら、死んだ人まで悲しくなるし、死んだ人はそれを望んでいない。原爆で死んでしまった人も、そうなのだろうか?昔、がれきしかなく、灰色だった世界は、今や地方中枢都市とまでなり、さまざまな人々や建物などがあり、町中は笑顔であふれている。でもそんな中に灰色はある。忘れるな、とでも言いたそうに、あの変てこな建物「原爆ドーム」は僕らをどっしりと見下ろしていた。僕は反射的に目をそらした。重力に今にも押しつぶされそうだった。これがもし自分や、自分の親せき、知人だったら、と思うと膝がふるえて、立っているのがやっとだった。それから、平和記念公園へ行き、何もさえぎるものがなく、上から押しつけてくる光にたおれるものかと負けずと歩く僕の前に、ただただ無言で、さびしげで、なにか言いたげな消える事がゆるされない火があった。ここで自分に質問した。死んだ人は戻らないのに、なぜ後からあわれみ、戦争という絵の具でぬりつぶされた物を置いて平和を記念するのか?ただ温かい火を見ていると、答えが出た気がしてきた。それは多分、戦争という絵の具でぬりつぶされた物が、そこを訪れていくたくさんの平和色にうめつくされる。記念するのは、そこにある物ではなくて、それを見て心に平和を作ろうとする様々な人達の方なのだろう。平和は夢だ。その夢に届く方法を人々は考え、行い、何度も失敗をくり返していく。

 平和は一種の差別用語だと思う。どうしてもかなわないから、などといった理由で、いつしか出てきたのだと思う。でも、あの赤い火のように、ずっとずっと同じ場所にいて、様々な人を見ていないから、そんな風に思っているのだと思う。この世界は理不尽で、不条理で大人気ない。でも、そんな世界に確かに存在する平和は、大小違えども、自分の心から、平和じゃないと思った部分を最悪だと思った部分を引いた物が平和なのだと思う。多くの平和を作るために、あの温かい赤い火を胸にともして行きたいと思う。今なら赤にのみこまれてもいいと思った。
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