2017年度入学始業礼拝 学校長式辞

2017年度入学始業礼拝 学校長式辞
 2017年4月9日、新年度の始まりの日です。美しく咲く花に彩られる英国の春、今年はいつもよりも少し早く、森の木々の足下にブルーベルの花が咲き始めています。あたかも、これから花開こうとする君たちを応援しているかのように感じます。
 新入生の皆さん、入学おめでとうございます。君たちとこうして今日この場所に集まることができることを、在校生諸君と、教職員一同で楽しみにしていました。とても嬉しく思います。
 この学校は今から45年前、1972年に創設されました。初代校長をつとめた縣康(あがたやすし)先生が開いた、海外にある私立の全寮制日本人学校としては世界で最初にできた学校です。在校生諸君の制服の胸にあるバッジには、その1972の数字が記されています。新入生の皆さんにも、このあとバッジをお渡しします。今日から君たちは、この歴史ある立教英国学院の一員となります。どうぞ誇りをもって、これからの学校生活を送って欲しいと思います。
 そして、在校生の皆さん、進級、進学おめでとう。君たちの、新しい一歩を踏み出す晴れ晴れとした表情を見ると、私も清々しい気持ちにさせられます。
 ここは普段の朝の礼拝では、チャプレンがお話しされる場所です。私もこの場に立ったことは何度もありますが、そのときはいつも聖書日課を読んできました。ですから、この場所から皆さんに自分の言葉を伝えるのは特別なことだと、今私は感じています。
 実は、この台の上で、自分の言葉を話すのは私にとって2回目です。もっとも、場所はここではなく、このチャペルの正面、階段の上にある剣道場でした。このチャペルができる前は、今は剣道場であるあの部屋がチャペルとして使われていました。今から27年前、高校3年生の担任をしていた私は、2学期終業礼拝で、その日立教を去る生徒たちに向けて話をする機会をいただきました。今日は、その時話したことを君たちにお話ししたいと思います。
 私は小さい頃は、体が弱く、月に一度か二度は必ず、喘息の発作を起こしては、2、3日学校を休んでいました。喘息というのはとても苦しいもので、ひどいときには、息が苦しくて横になることも、眠ることもできませんでした。その当時私が住んでいたのは東京の23区内でしたが、その区は、静岡県の伊豆半島に、喘息を治したい、食生活を改善したい、体を丈夫にしたいという子供たちが集まって、寮生活を送る「健康学園」という施設をもっていました。自分を変えたいと思った私は、小学校5年生の時に1年間、親から紹介されたその施設で、生活することにしたのです。そこには、小学校3年生から6年生までの子供たちが、一部屋7、8人で生活する寮がありました。
 平日の朝の起床は6:30、起きるとすぐに廊下へ出て、身体を日本手ぬぐいでこすって皮膚を丈夫にする「乾布摩擦」をして、ラジオ体操もしました。朝食をとって、寮と廊下で繋がった先にある学校ブロックへ「登校」すると、すぐに体育着に着替えて集合します。身体を鍛える「訓練」を行うためです。雨でなければ、学校の横にある砂浜に沿って、一往復2kmの持久走を毎朝行います。毎週金曜日には必ず「タイム」を計ります。前の週よりもタイムが落ちてしまった場合は、その日の昼休みに校庭を20周するルールもありました。雨が降ると中止、ではなくて、体育館で「訓練」が行われました。柔軟体操をしたり、腕立て伏せや腹筋をしたりしました。中でも恐ろしいのは「足上げ」というものでした。仰向けに寝て、両手を頭の後ろにして、足を床から15cmぐらい上げて、膝を曲げずに、30秒間がまんする、というものでした。ところが、30秒というのは先生が30数える間、ということで、どう考えても非常にゆっくり数えるのです。是非一度やってみてください。
 もちろん、楽しいこともありました。海へ散歩に行ったり、みんなで野球をしたり、夏の水泳の授業はもちろん海で行われました。
 今とは違ってスマートフォンはもちろん、メールもありません。家族とのやりとりは「手紙」でした。家族と会うことができるのは、一月に一度ある、面会日か帰宅日のどちらかだけでした。寂しいし辛いし、自分はいったい、こんなところで何をしているのだろう。どうしてこんなことをさせられているのだろう。そこへ行く、ということを決めたのは実は自分のはずなのに、ずいぶん後ろ向きなことを考える毎日でした。そんな気持ちを慰めるために自分や仲間がしたことは、ノートを切って日めくりカレンダーを作ることでした。帰宅まであと何日、卒園まであと何日、と書いたそのカレンダーを画びょうでベッドの枕元に貼り付け、毎朝1枚ずつとっていく生活でした。
 そのような生活を過ごしていたある日、ちょっとした気持ちの変化に気づきました。それは卒園、つまりその学園を去る日が近づいていた3学期のことでした。あと何日、と書かれたカレンダーの数字が減っていく喜びに、ほんの少し、寂しさが混ざっていたのです。その寂しさは、残りの日数が減るたびに大きくなっていき、そして、卒園のその日、いざその場を去るときになって、私は涙が止まらなくなってしまいました。
 寮生活をする、このことは君たちに本当に大きな影響を与えます。心も体も成長し、感受性豊かな時期には尚更です。だからこそ、この立教で過ごす日々が君たちにとってかけがえのないものとなるように、私たち教職員は全力で応援していきます。
 在校生の皆さん、立教にいる君たちはすごい、といつも私は思っています。自分にとって寮生活は、たった1年でも大変なものだったのに、と、今、身にしみて思えるからです。そして、君たちのことを羨ましい、と思っていることがあります。それは、私が感じた気持ちの変化のあとに、私には少ししか残っていなかった、本当にそこで過ごす意味のある時間が、君たちにはたくさんあるからです。もう、その感覚を味わっている、と思える人は、一日一日を慈しんでください。まだだ、と思う人がいるなら、その気持ちを変える瞬間にできるだけ早く出会うことができるように、応援していきたいと思います。君たちがここにいることの意味、ここに来たいと思ったきっかけを、今日のこの日にもう一度、思い出して心に刻んでください。そして、道に迷いそうになったときの助けとしてください。
 そして新入生の皆さん、今日、皆さんが胸に抱いている期待、希望、そして目標を大切にしてください。もちろん、胸の中には、期待だけではなく不安もあることでしょう。でも大丈夫です。ここには、君たちを励まし、君たちと共に歩むことのできる仲間がたくさんいます。分からないことがあれば助けてくれる先輩もたくさんいます。君たちを今日案内してくれた、赤いネクタイをしている人たちは、最高学年、高校3年生の諸君です。何か困ったときにはどうぞ頼ってください。
 私たちはいつもここにいます。君たちを助けます。そのことも忘れないでください。
 君たちも、私たち教職員も、互いに助け合い、思いやりをもって、この新しい年度を、一緒に素晴らしいものにしていきましょう。
 最後に、私の好きな聖書の言葉を1つ紹介します。
 コリントの信徒への手紙一 第16章14節の言葉です。
「何事も愛をもって行いなさい。」
 Let all that you do be done in love.
以上をもって、入学始業礼拝、式辞といたします。