第2回 校長教育コラム
言葉が人格と思考を育てる
~母国語の大切さ~
英国にある学校の校長として、私はしばしば保護者の方から、「英語は早く始めた方がよいのでしょうか」「英語だけの環境に入れた方が伸びるのでしょうか」という質問を受けます。もちろん、英語を学ぶことは大切です。これからの時代、英語は世界とつながるための重要な力となります。しかし私は、それ以上に大切なものがあると考えています。それが母国語です。
人は言葉によって考えます。言葉によって感じ、言葉によって自分自身を理解し、言葉によって他者と関わります。つまり、言葉は単なるコミュニケーションの道具ではなく、人格と思考を形づくる土台なのです。特に中学生から高校生にかけての時期は、自分とは何者なのか、何を大切にして生きるのかを模索する大切な時期です。その過程において、深く考え、自分の思いを表現するためには、十分に身についた母国語の存在が欠かせません。
例えば中学生は、友人関係や部活動、寮生活の中で、さまざまな人間関係を経験します。友人と意見がぶつかった時、「なぜ自分は腹が立ったのだろう」「相手はなぜそう考えたのだろう」と自分の気持ちや相手の立場を言葉で整理しながら成長していきます。また高校生になると、自分の進路や将来について真剣に考えるようになります。
「自分はどのような人生を歩みたいのか。」
「なぜその大学を目指すのか。」
「社会の中でどのような役割を果たしたいのか。」
さらには、戦争や環境問題、AIの発展といった社会的課題についても、自分なりの意見を持ち、その根拠を説明する力が求められます。こうした問いに向き合う際、生徒たちは単語や知識だけで考えているのではありません。自分の経験や価値観を言葉にしながら、考えを深めているのです。その思考の基盤となるのが母国語です。
自分の考えを整理する力。
物事を論理的に考える力。
相手の気持ちを理解する力。
これらはすべて言葉を通して育まれます。本校では、日本語による読書や作文、小論文指導を大切にしています。本を読み、多様な価値観に触れ、自らの考えを文章にまとめる経験を重ねることで、生徒たちは思考を深めていきます。また、寮生活においても言葉は重要な役割を果たします。小学生から高校生までが共に生活する環境では、自分とは異なる考え方や背景を持つ人と出会います。その中で、生徒たちは対話を通して他者を理解し、自分の考えを見つめ直していきます。
英語ができることと、深く考えられることは必ずしも同じではありません。
英語で流暢に会話ができたとしても、自分自身の考えや価値観が十分に育っていなければ、相手の心を動かす言葉を語ることはできません。私たちは、英語教育と母国語教育を対立するものとは考えていません。むしろ両者は車の両輪です。
しっかりとした日本語の基盤がある生徒ほど、英語による学びも深まります。日本語で論理的に考える力を身につけた生徒は、その思考を英語でも表現することができます。
また、母国語はアイデンティティとも深く結びついています。
私たちは何を大切にして生きてきたのか。
どのような文化の中で育ってきたのか。
何を次の世代に伝えていきたいのか。
その根幹には母国語があります。世界で活躍するためには、世界を知るだけでは十分ではありません。自分自身を知り、自分の言葉で語ることが必要です。
立教英国学院は英国にあります。しかし、本校が目指しているのは、日本語を失って英語を身につける教育ではありません。
日本語という深い根を育てながら、英語という大きな翼を身につける教育です。
世界へ羽ばたくためには、まずしっかりと大地に根を張らなければなりません。
校長メッセージ
英語は手段であり、思考の土台は母国語にある。私たちは、生徒たちが豊かな日本語によって深く考え、自分らしい人格を形成し、その上に英語という力を積み重ねていくことを願っています。それこそが、世界で生きる力を育むための確かな基礎になると信じているからです。