立教英国学院

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2016年度卒業終業礼拝 中学部3年 卒業生スピーチ 


2014年の春、私はこの立教英国学院の大家族の一員となった。これから始まる新しい生活に胸を弾ませていた。初めの一週間はこの環境に慣れるので精一杯でとても大変だった。
 中一は鮒田、石橋、小池、森岡、大石、新貝、わたしの七人でスタートした。初めの頃は女子が三人しかおらず、まだどう接したらいいのかわからなくて、一学期に一回は絶交していた。
 立教に来て、はじめての行事は球技大会だった。私はドッチボールを選んだ。まだ新しい生活についていけず、戸惑いを隠しきれなかったが、たくさんの先輩達が優しく接してくれて、球技大会当日はもちろん、練習の時もとても楽しむことができた。
 二学期になって、中澤が新入生として加わった。自分よりも新しい人が来て、もう自分は新入生ではないのだと実感した。
 初めてのオープンディでは経験者が一人しかおらず、模型の作り方も模造紙の書き方も、裏紙の貼り方も何もかもが初めてで何から手をつけていいのかすらわからなかった。
 テーマはさるかに合戦。作業期間中、放課後一度ドミトリーにシャワーを浴びに帰ったら教室に戻らないでドミトリーで汗だくになりながら鬼ごっこをしていた。当時副担任だった齊藤先生を何度も呼びに来させた。今思えば放課後に作業をしないなんて考えられない。
 三学期の合唱コンクールは旅立ちの日に、を歌った。伴奏などすべて高一の先輩たちに任せっきりで、ただ言われたように歌って、指摘されたところを直すだけだった。その時は高一の先輩たちがとても大きくて大人に見えた。
 中二になって山本が来た。今では考えられないくらい静かで、話しかけても「おう」というばかりだった。そして、どの行事にも二回目の、という文字がつくようになった。
 中二のオープンデイのテーマは「ゆるキャラ」だった。一度経験したからか、去年よりはみんなのやる気が上がった気がした。先輩たちの作品を参考にしながら黙々と作業を進めていった。実をいうと当時の中三の去年のアイディアを少し頂戴した。私と同じくらいの大きさのふなっしーの模型を作ったり、写真が撮れる場所を作ったり、中一の時に比べたらだいぶ完成度があがった。でもやっぱり九人では限界があった。背景には絵を描かずまっ黄色でぬりつぶした。その代わりにたくさんの工夫をした。結果はなんと、総合三位!想像以上の成績にみんながとても喜んだ。これが今年のオープンディへのやる気へと繋がったのかもしれない。
 三学期の合唱コンクールではアンパンマンマーチを歌った。練習も本番もとても楽しくて、これもいい思い出になった。
 中二の三学期で新貝君が立教を離れることになった。二年間ではじめて経験する別れでこの時、仲間は入ってくるだけじゃなくて、いなくなることもあるのだと思った。新貝君のお別れ会をした。みんなで歌って踊って、騒いで、一人ずつメッセージを言った。その夜はドミトリーでみんなで号泣した。
 中三になった。帰宅帰寮名簿を書くときにあ然とした。星野、小泉、栗原、髙濵、鶴岡が入ってきた。続いてドミトリー表をみてまたあ然とした。新入生2人と私だけ。二年間この学校で生活して来たはずなのに、全く新しい世界に来たようだった。何を話したらいい?どう接したらいい?これからこの人たちとうまくやっていけるか?はじめは、一気に倍以上にも増えた女子の数にただ圧倒されるだけで、怖かった。そんな自分にもイライラしていた。元メンと新入生で完全に固まってしまっていた。正直、中二の頃に戻りたい、中二のメンバーのままで中三に上がりたいと心から思っていた。
 しかし、その思いは、球技大会、アウティング、ウィンブルドン、ホームスティなど数々の行事を通じて徐々に薄れていった。特に、オープンディは元メンと新入生との壁をなくす最大のきっかけだった。
 三度目になるオープンディは、二学期からはいってきた速水、呉、大川を新入生として迎え計十六人で作業に取り掛かった。夏休み前に決めていたテーマを二学期になってからいきなりポケモンに変えた。放課後に当番制で作る裏紙が去年よりずっと早いスピードで溜まっていった。体育館班と教室班に分ける時もこんなに人数がいたのか、と驚いた。去年のふなっしーの何倍もの大きさのリザードンを作り、背景にはそれぞれちゃんとたくさんお店の絵を描いた。話し合いの時に、ほんとにこんなに沢山の模型ができるのか?こんなに沢山の背景が描けるのか?と不安になったことが嘘みたいだった。みんながみんな、自分たちの作品に手応えを感じていた。そして、結果は堂々の総合第一位!とても嬉しかった。みんなで舞台に上がってくす玉を割ったことはきっとこの先も、大切ないい思い出として残るだろう。
 三学期には、遠藤、途中から来た草野、鴨志田をあわせて十九人になった。
 今年の合唱コンクールで私は伴奏をすることになった。ピアノが弾けなくて、放課後の練習の時に何回も伴奏が止まってしまってもちゃんと練習にきてくれて、とても嬉しかった。ありがとう。コンクール前日の夜、小池とコンクールのことでケンカをして泣きそうになった。「そんな文句があるならもう出なくてもいいよ。」本当にそう思っていた。でも、当日出番が終わってみると、やっぱり全員で歌えてよかったな、と思うことができた。
 そして、今日は中学生でいられる最後の日。私たちの中学校生活はまだ、スタートしたばかりだと思っていた。楽しかった。本当にあっという間だった。こんなことを思えるのは、優しくしてくれた先輩達や、いつも支えてくれた副担任だった齊藤先生、齋藤先生、金子先生や他の先生方のおかげだ。でも一番は小川先生がいたからだろう。
 小川先生は、自習中に紙飛行機を飛ばした時も、密菓子がばれたときも、椅子を投げて壊して窓から破片を投げ捨てたときも、下級生のドミトリーにドミ侵してベットを折った時も、いつもちゃんと怒ってくれた。いつも、私たちのくだらない冗談につきあってくれた。クラスのことに一生懸命になってくれた。中一のとき期末のあと、近くの森や丘に散歩につれていってくれた。期末期間中に質問したいと言えば、文句を言いながらも十二時までつきあってくれた。オープンディで模型の作り方を教えてくれたのも、合唱コンクールでアンパンマンのマーチを歌おうと言い出したのも小川先生だった。
 中一から中二に、中二から中三に上がるたびに、「担任、また先生なのか」といっているけれど、みんな内心は「先生で良かった、高校生になってもずっと先生が担任がいい。」と思っているのだ。恥ずかしくて普段はちゃんと言えないけれど、先生がいないところでみんなそう言っている。私の人生の中で一度しかない中学校生活の中で担任の先生は一人しかいない。それが小川先生で良かったと思う。来年になれば、新しい仲間がたくさん増えて、もしかしたらクラスがわかれてしまうかもしれない。わかれて欲しくない。このクラスの一員になれてよかった。私はなんだかんだいって、このクラスが好きだ。そして、小川先生が大好きだ。
 来学期から私たちは高校生になる。高校生は、中学生と比べたら勉強量は多いし、期末の教科数も多くなる。後輩よりも先輩とよばれるほうが多くなる。そして、次第に学校を引っ張っていく存在になる。また、たくさん入ってくる新しい仲間とうまく付き合っていかなければならない。そんな中で私はこの、中学三年間で学んだことや、経験したことを活かしながら、これから先の高校三年間をより充実したものにしていきたいと思う。
 三年間ありがとうございました。そして、こんな私たちですが、これからもよろしくお願いします。

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