第3回 副校長教育コラム
注意の落とし穴 – 「もっと集中しなさい!」だけでは解決しない理由
~ The Attention Trap ~
お子様が机に向かっているのに、ただページを眺めているように見え、「ちゃんと集中しているの?」と思ったことはありませんか。
実は、「注意(Attention)」というものは、私たちが考える以上に複雑です。その仕組みを理解することは、子どもたちが最もよく学べる環境を整えるうえで大きな助けとなります。
注意とは脳に備わった最も重要なフィルター
1890年、心理学者ウィリアム・ジェームズは、注意について次のように述べました。
「注意とは、同時に存在するさまざまな対象や思考の流れの中から、一つを明瞭かつ鮮明な形で心が選び取り、それに集中することである。」
100年以上経った今でも、この考え方は色あせていません。私たちの脳は常に周囲の情報を取捨選択し、何に意識を向け、何を無視するかを判断しています。
注意とは単に「もっと頑張ること」ではありません。そこにはいくつかの異なる働きがあります。
• 選択的注意(Selective Attention)
必要な情報に焦点を当てる力
• 持続的注意(Sustained Attention)
注意を一定時間維持する力
• 反射的注意(Reflexive Attention)
突然の音や変化などに自動的に引き寄せられる注意
大切なのは、注意深く見えていることと、実際に深く考えていることは必ずしも一致しないという点です。教師の方を見つめていても、心は別のところにあるかもしれません。
なぜ脳は「集中」をやめてしまうのか
学ぶことにはエネルギーが必要です。
情報が次々と押し寄せたり、課題が難しすぎたり、周囲に気を散らすものが多かったりすると、子どもたちは学習内容を十分に理解し記憶することが難しくなります。脳には、新しい情報を整理し、既に持っている知識と結び付けるための時間が必要なのです。
これは特に思春期の子どもたちに当てはまります。
思春期には脳の発達が続いており、「シナプスの刈り込み」や「髄鞘化」といった変化を通して、神経回路はより効率的になります。一方で、友人関係や感情的な出来事など、社会的・情緒的な刺激が注意を奪いやすい時期でもあります。
さらに、集中を妨げる要因はほかにもあります。
• 睡眠不足
• 感覚過敏や刺激の多い環境
• 言語的な負荷
• ADHDなどの発達特性
このような場合、一見すると「やる気がない」ように見えても、実際には課題の要求とその時点の能力や状態が合っていないだけかもしれません。
また、「ぼんやりすること」が必ずしも無駄な時間とは限りません。心がさまよう時間は、想像力や創造性を育み、新しい発想や知識同士のつながりを生み出すことがあります。
大切なのは、心を自由に巡らせる時間と、目の前の課題へ意識を戻す時間とのバランスです。
ですから、子どもが集中していないように見えたとき、「努力が足りない」と考えるのではなく、
「どうすればもっと学びやすくなるだろうか」
という問いを持つことが重要なのです。
学びは、学習者を理解することから始まる
立教英国学院でも、私たちはこうした問いを自らに投げかけています。
教員一人ひとりが、注意と学習の関係について考え直し、生徒たちが最も効果的に学べる条件を探求しています。そのために、
• 授業の進める速度は適切か
• 一度に提示する情報量は多すぎないか
• 新しい概念を分かりやすく順序立てているか
• 生徒が考え、練習し、理解を深める時間を十分に確保しているか
といった点を見直しています。
注意について深く理解することで、私たちはより適切な教育的判断を行うことができ、生徒にとって目的が明確で、学びやすく、効果的な学習体験を提供できると考えています。
家庭で注意力を育てるための5つのヒント
1.一度に一つのことに取り組む
可能な限り注意を妨げるものを減らしましょう。マルチタスクは効率を高めるどころか、注意を分散させてしまうことがあります。
2.課題を小さな段階に分ける
大きな課題は圧倒的に感じられます。まず何から始めればよいかが分かるよう、小さなステップに分けてあげましょう。
3.考える時間を大切にする
沈黙をすぐに埋めようとしないでください。情報を理解し整理するには時間が必要です。
4.十分な睡眠を確保する
疲れた脳は注意を維持しにくく、学習効果も低下します。
5.より良い質問をする
「ちゃんと聞いていたの?」ではなく、
「今日、一番大事だと思ったことは何?」
と尋ねてみましょう。
これは単に聞いていたかどうかを確認するのではなく、子ども自身が理解した内容を説明する機会を与えます。
子どもに求めるのではなく、育てるもの
神経科学者スタニスラス・ドゥアンヌは著書『How We Learn(邦題:脳はいかに学ぶか)』(2018年)の中で次のように述べています。
「教師の最も重要な才能とは、子どもたちの注意を引きつけ、それを適切な方向へ導くことである。」
注意力は、子どもたちに単純に要求すれば得られるものではありません。
子どもがどのように学ぶのかを理解し、その学びを支える環境を整えることによって、少しずつ育まれていくものです。
だからこそ、私たちが問いかけるべきなのは、
「ちゃんと集中しているの?」
ではなく、
「あなたが一番よく学べるのは、どんなとき?」
なのかもしれません。
*シナプスの刈り込み
子どもの脳が成長する過程で、使われない神経回路を整理し、よく使う回路を強化していく仕組み。脳をより効率的に働かせるための「整理整頓」と考えることができます。
*髄鞘化(ずいしょうか)
神経回路の情報伝達を速くスムーズにするために、神経線維が保護膜で覆われていく変化。脳の「通信速度」が向上するイメージです。