学びの秘訣は「睡眠」

学びの秘訣は「睡眠」

第1回 副校長教育コラム

学びの秘訣は「睡眠」

~Sleep: The Secret Ingredient in Learning~

お子さまの学力向上には、机に向かうもう1時間より、良質な睡眠のほうが効果的です
学期末試験を間近に控えたある日、寮で生活する高校生からメールが届きました。ここでは仮に「Zさん」と呼ぶことにします。
彼女は礼儀正しく、思慮深く、そして何より学業に真剣に取り組む生徒でした。メールには、一つの提案が丁寧に書かれていました。
「消灯時間を午後11時から午前0時に変更していただけないでしょうか。」
理由は明快でした。試験勉強の時間をもう1時間確保したいというのです。睡眠が大切であることは理解しているものの、試験前のこの時期、その1時間が結果を左右するかもしれないと考えていました。
彼女の気持ちは理解できます。試験が近づきプレッシャーが高まると、「もっと長く勉強すること」が責任ある行動のように感じられるものです。参考書をあと数ページ進めたり、知識をもう少し覚えたりすれば、成功に一歩近づけるように思えるでしょう。
しかし、Zさんの提案には、多くの生徒が抱きがちな誤解が表れていました。それは、「睡眠は学習時間を奪うもの」であり、「学習そのものの一部ではない」という考え方です。彼女は、自分の努力を最大限に生かすために欠かせないものを削ろうとしていたのです。
私たち保護者や教育者は、子どもたちに「勉強しなさい」「練習を続けなさい」「あきらめずに頑張りなさい」と繰り返し伝えます。しかし同じくらい大切なのは、本を閉じ、机を離れた後に何が起こるのかを理解することかもしれません。
________________________________________
日本の子どもたちと睡眠
日本は、OECD加盟国の中でも平均睡眠時間が短い国として知られています。また、日本国内の研究においても、学齢期の子どもたちの睡眠不足が指摘されています。
2025年3月、理化学研究所(理研)と大学研究チームは、「子どもの睡眠健康調査」の結果を発表しました。全国142校、約13,500人の児童・生徒を対象とした大規模調査です。その結果、多くの子どもたちが推奨睡眠時間を満たしていないこと、また一部の高学年生徒では平日と週末の睡眠時間に大きな差が見られることが明らかになりました。この現象は「ソーシャル・ジェットラグ(社会的時差ぼけ)」と呼ばれています。
厚生労働省は、以下の睡眠時間を推奨しています。
• 小学生:9~12時間
• 中学生・高校生:8~10時間
学業や受験、部活動などで忙しい子どもたちにとって、十分な睡眠時間を確保することは、健康だけでなく学習成果を支える重要な土台なのです。
________________________________________
脳は眠っている間に働いている
睡眠中、脳は休止しているわけではありません。むしろ記憶や学習、感情の調整に関わる重要な働きを続けています。
新しい知識を身につけるためには、
1. 情報を取り込む
2. 記憶として定着させる
3. 既存の知識と結び付ける
という過程が必要です。
睡眠は、これらすべてに深く関わっています。
________________________________________
① 睡眠は「学ぶ準備」を整える
睡眠不足の翌日、生徒たちは集中力を保つことが難しくなります。授業の説明を理解したり、新しい情報を吸収したりする力も低下します。
これは努力不足ではありません。
2007年に『Nature Neuroscience』誌に掲載された研究では、睡眠不足の状態では新しい記憶を形成する上で重要な脳の部位「海馬」の活動が低下し、その後の記憶テストの成績も悪化することが示されました。
つまり、十分に眠らなければ、そもそも学習内容を取り込む力そのものが弱まってしまうのです。
________________________________________
② 睡眠は記憶を定着させる
睡眠は、学習前だけでなく学習後にも重要です。
1924年の研究以来、多くの研究によって、睡眠が学習内容の定着に不可欠であることが示されてきました。
私たちが眠っている間、脳は日中に得た情報を整理し、重要なことを長期記憶へと移し替えています。また、新しい知識を既存の知識と結び付ける働きも行っています。
睡眠の各段階にはそれぞれ異なる役割があり、それらが協力して記憶の定着を支えているのです。
________________________________________
③ 睡眠は「考える力」を育てる
学習とは、単に事実を暗記することではありません。
• パターンを見抜く
• 論理を評価する
• 問題を解決する
• 学んだことを新しい状況に応用する
こうした高度な思考力が求められます。
睡眠は、新しい知識と既存の知識を結び付ける働きを促進すると考えられています。その結果、洞察力や問題解決能力が向上する可能性があります。
歴史の複雑な議論を理解したり、文学作品を独自の視点から解釈したりするためには、単なる暗記ではなく柔軟な思考が必要です。
睡眠は、その基盤を支えているのです。
________________________________________
Zさんに伝えたいこと
まず、彼女の向上心を称えたいと思います。
しかし、「机に向かう時間を1時間増やせば、学習効果も1時間分増える」とは限りません。
もし午後11時から午前0時への就寝時間変更によって必要な睡眠時間を下回るのであれば、集中力、記憶力、思考力といった、本当に試験で必要な能力を損なってしまう可能性があります。
さらに、免疫機能や感情のコントロールにも悪影響が及ぶかもしれません。
学習成果を高めるためには、
• 思い出す練習(リトリーバル・プラクティス)
• 間隔を空けた復習(スペースド・リピティション)
• 知識を活用する練習
などを取り入れながら、学習時間そのものの質を高めることが重要です。
________________________________________
睡眠は「勉強が終わった後のごほうび」ではありません
睡眠も、学習の一部なのです
________________________________________
保護者と寮ができる5つのこと
1. 睡眠時間を確保する
13~18歳の子どもには毎晩8~10時間、6~12歳の子どもには9~12時間の睡眠が必要です。
2. 規則正しい生活を心がける
就寝時間と起床時間をできるだけ一定に保つことで、健康的な睡眠リズムを維持できます。
3. 寝る前の時間を大切にする
睡眠前には心身を落ち着かせる時間を確保しましょう。特に、就寝を遅らせるスマートフォンやタブレットの使用には注意が必要です。
4. 現実的な学習計画を立てる
夜遅くまで詰め込むのではなく、思い出す練習や計画的な復習を取り入れましょう。
5. 睡眠の問題に気付く
慢性的な睡眠不足や日中の強い眠気が続く場合は、医療専門家への相談を検討しましょう。
________________________________________
Zさんの願いは、「もっと努力すれば、もっと良い結果が出るはずだ」という、多くの生徒が抱く考えを表していました。
しかし学習成果は、単純に投入した時間の長さだけで決まるものではありません。脳がどれだけ効果的に情報を吸収し、定着させ、活用できるかによって左右されます。
もちろん、学びには努力が必要です。起きている時間の学習なしに成長はありません。
けれども、本を閉じて明かりを消した後に脳が行っている大切な仕事を、私たちは過小評価してはならないでしょう。
真面目に努力する生徒への最も生産的なアドバイスは、「もっと勉強しなさい」ではないかもしれません。
「もう寝なさい。」
それこそが、学びへの近道なのです。

英語原文English Original Sleep The Secret Ingredient In Learning