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立教特派員レポート

ピースサイン


この夏休みの間、思ったことがある。休みの間に旅行、外出といったことで外に出ることがあり、人の多いところにも行く機会があった。観光地なるところにも訪れた。そこで、目についたもの。「ピースサイン」だ。私も普段何気なく、というよりも、もはや「写真を撮る、ピースサインをする」という一連の動作として体が動くようになっている。しかしふと思い、周りを見渡すと... いない。今まで当たり前に思っていたから余計に不思議に感じた。すると一組の観光客と思われる人々が「ピースサイン」をして写真を撮り合っていて、「写真を撮って頂けませんか。」と声をかけられた。やっぱり日本人だ。

「ピースサイン」がとても気になり、家に帰ってすぐに調べた。やはり、写真を撮る時に必ずといっていいほどピースをするのは日本人だけらしい。しかも、いくつかの国では「ピースサイン」をすること自体、悪いことだ、というのだ。特にヨーロッパに多いらしい。ギリシャではかつて犯罪者に2本指でものを投げたことに由来する侮辱の仕草。イギリスではVictory(勝利)の意味で用いられることもあるが、そのサインを裏返してしまうと、侮辱する仕草と取られるそうだ。これは英仏百年戦争時、イングランド軍の弓兵がフランス軍を挑発するサインとして用いられたのが始まりらしい。

驚いた。こんな意味があったとは... 日本では、ある俳優がカメラのコマーシャルでアドリブで「ピースサイン」をしたのを真似たのではないか、など諸説存在する。最近では近隣諸国に撮影時のポーズだということが認められ始めたり、日本の漫画の影響で欧米にも日本の「ピースサイン」の意味が認知され始めている、らしい。しかし、無知は恐ろしいとはこのことだと思う。意味を知らなかった、とは言え、このサインをし写真を撮る私たちを見てイギリス人は良い気持ちはしなかっただろう。もちろん、日本でそのサインをするぶんには何ら問題はない。始まりがどうであれ、多くの日本人に認知され、写真を撮る時のポーズにとどまらず、今時の若い世代では小顔効果だなんだと多少行き過ぎな進化まで遂げた日本の一つの文化と言えるだろう。気の済むまで大いにやればいい。しかし、悪気がいくら無いとはいえ、郷に入っては郷に従え、だ。私たちだっていくら文化の違いと言われても、土足で家に上がられては全く持って良い気分はしないのといたって同じだ。習慣だからと、出された料理を箸をおいているのにナイフ出せ、フォーク出せ、ましてや手で食べるなんてこととも同じと言える。しかも、私たちは現在イギリスで生活している。これは... まずいのではないか。

その習慣を変えることは難しいだろう。前述したように、私には既に一連の動作として体に染み付いてしまっている。だからこそ私たち一人一人がきちんとこの事実を理解する必要があるのだ。この「ピースサイン」の他にも手のサインは各国様々なものに様々な背景がある。絶対的にタブーなものもだ。私は相手のことを知り、一つの事実として受け入れ、尊重する、その先に初めて「理解」というものが生まれ、関係を築けるのだと思う。これはこのことに限らず言えることだ。このことは、これからも日本だけでなく、世界で生きていく私たちが知らねばならないと思う。そして、相手を思いやり、尊重する。この一見簡単そうで実に奥が深いことがどれだけ大切かということに改めて気づくことができた夏休みだった。

(高等部1年生 女子)
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