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各教科レポート

チャプレンより(第2回)クリスマスのプレゼント〈與賀田チャプレン〉


クリスマスの季節には、教会や教会附属の幼稚園などでは、よく聖劇(ページェント)が行われます。聖劇とは、クリスマスの出来事を劇で表現するというもので、イエス様の御降誕にまつわる話の劇です。

劇では、まず天使ガブリエルが聖母マリアのもとに訪れ、イエスの懐妊を告げるところから始まります。
劇の中では詳しく触れられていませんが、この時マリアは夫となるヨセフと婚約をして(当時の常識で考えると、二人とも15、6歳の若さです)、結婚のその日まで離れて暮らしていました。ですから、これは他から見ると不義の妊娠であり、当時そのような女性は石打ちで殺さなければなりませんでした。
ヨセフはマリアの妊娠を知り、密かに婚約を解消しようとします。未婚であれば、マリアは殺されなくてすむからです。代わりに、2千年前の女性に人権もない時代に、シングルマザーとしてマリアは生きなくてはなりません。しかし、ヨセフは夢の中で天使に勇気づけられ、マリアとイエスを守る生涯を決意するのでした。
マリアの出産が近づいた時のことです。ローマ帝国皇帝が全領土の戸籍調査をするため、全ての領民は本籍地に行かなければいけませんでした。戸籍調査をし、税収を確定させるためです。若く貧しい夫婦は、権力者によって翻弄されます。
身重のマリアと共に、ヨセフは自分の本籍地であるベツレヘムに着きます。宿屋を探しますが、どこも満員で泊まることはできません。いえ、もしこの夫婦にもっとお金があれば、立派なところでしたら泊まることもできたかもしれませんが...

聖劇では、ヨセフ役が「トントントン、トントントン、一晩泊めて下さいな」と歌う一幕があります。それに答えて宿屋役が「とってもとってもお気の毒、部屋はどこも満室で、向こうの宿屋へ行って下さい」と歌い上げます。これが2、3回繰り返され、若い夫婦はたらい回しにあい、最後にやっと空いている馬小屋へ二人は通され、そこでイエス様がお生まれになります。

2千年前のクリスマスの出来事は、私たちの無理解や、冷たさ、自己保身を表しています。同時に、神様は私たちの貧しさや弱さの只中に来られることを意味しています。そして、私たちの心が開かれることを通して初めて、イエス様を迎え入れることができることを教えてくれます。
その意味で、2千年前には「宿屋は満員です、おかえりください、他を当って」という宿屋の役割が必要でした。
聖劇では宿屋役はあまり人気がありません。マリアとヨセフとお腹の中のイエス様を、寒空の下へ追い返す役だからです。
ヨーロッパのある村の教会で、クリスマスイブの日に、聖劇が演じられていた時のことです。例年通り、マリアとヨセフを追い返す一幕がやってきました。

宿屋役の少年は台本通りにマリアとヨセフを追い返しました。ですが、その直後に、泣きながら「イエス様、僕の家へおいでよ!」と叫んだのです。
この日の聖劇は、例年とは異なり、宿屋の主人の家にて、イエス様がお生まれになることとなりました。

これはとても素晴らしいハプニングです。とても素晴らしい台本破りです。誰かの痛みを感じ、心を開いて招くという生き方がクリスマスの夜に与えられたからです。
この痛みを英語でcompassion(憐れみ、同情、共感と訳されます)と言います。compassionとはcom=共に、と、passion=受難(十字架のキリストの苦しみ)という言葉から出来ています。
主イエスは私たちの痛みを知るため、最も貧しいところにお生まれになり、人間の暗闇の只中で十字架に挙げられました。そのご生涯を通して、私たちが胸の痛みを覚えるため、私たちが神と人と共に生きるため、私たちのもとへ来られたのです。
クリスマス、christ mass、即ちキリストのミサの日には、心が開かれるという素敵なプレゼントが、全ての人に贈られています。
どうか皆さんが良いクリスマスをお過ごしになりますように。
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