立教英国学院

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立教生が綴る英国寮生活

勝負の前の勝負




 小さい頃からバスケットボールを続け、現在もバスケットボール部に所属する自分にとって、試合に負けるというのは何よりも悔しいことだ。それはバスケだけに限らず、他のスポーツでも、もはやそれがスポーツでなくとも、それに対し、真面目に取り組んだ人間にとっては当然のことだろう。
 
 しかし、その悔しさを自分は、当分の間忘れかけていた。この学校に来て、前の一日中バスケをするような環境から大きく変わり、放課後の2時間のみの練習時間は、徐々に僕から勝負への熱を取り去っていった。どこか手を抜くようになり、そしてやがて負けても悔しさが湧くことはなくなった。
 
 勝負の世界において、闘争心を失った人間ほど弱い相手はいない。それは実際に、自分がバスケを続けてきた十年間で学んできたことだった。しかし、それがまさに自らに当てはまっていたのだと気がついたのは、自分がその闘争心を取り戻してからだった。
 
 10月8日、バスケ部は対外試合を行った。前半はこちらのペースで試合は進み、身長で差をつけられながらも、走力を生かして得点を量産し、最大で17点差をつけた。もちろん、それで気を緩めたわけではなかったが、後半からは疲れが見え始め、機動力は落ちていき、終盤には同点に追いつかれ、接戦のうちに逆転を許し敗北を喫した。
 
 その時僕の心は悔しいと唸っていた。そして唸りながら、自分の中に後悔や、真剣勝負と一緒に忘れていた感情の全てを連れ戻した。自分はどこか、この苦しみから逃れようとしていたのかもしれない。久々の感情は、心に重くのしかかった。
 
 しかし、この感情がただ苦しいだけではないことを、その持ち主である僕は知っていた。心はその苦しみから逃れるために、自らに向上心を持たせ、それをもって自分を強くする。それこそが勝負という土俵に上がる以前に必要な闘争心なのだ。
 
 あの試合でもしも勝っていたら、この忘れていた感情を取り戻すことはなかったのだろう。まだ試合は残されている。悔しさから生まれた闘争心はきっと、自分を強くしてくれるはずだ。まだ自分は勝負という土俵に上がったばかりなのだ。

(高等部1年生 男子)
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