赤ネクタイの偉大さ

赤ネクタイの偉大さ
 四ヶ月ぶりの立教、不思議と久しぶりな気がしない。礼拝、食事のマナー、朝のベッドメイク等で、久しぶりだからといって惑うことはなかった。この四ヶ月間、春に帰った際、自分が高三として、ちゃんとできるのか不安でたまらなかった。しかし、立教で今日一日を過ごし、日常の事柄をしっかりこなすことができ、不安が一気に半減した。これまで立教で過ごし培ってきた習慣が、私を支え、三学期に生じたブランクをなくしてくれるのではないかと思う。
 二年前入学した当初、赤ネクタイの高三生が格好良く、とても頼もしかったのを覚えている。慣れない生活に、心身共に疲れていた私を元気づけてくれたのは、同学や当時の高三達だった。立教において、高三という存在がどれほど重いものか、この二年間を通して強く実感している。廊下で移動しながらも、時間をおしむように勉強する、何かの行事では率先して行動する、そして食事の際には、面白い話で後輩を笑わせてくれる、そんな姿を間近に見てきた。後輩は、先輩を良く見ているように思う。だからこそ、高三がいなくなった三学期には、皆どこか物足りない気持ちを抱くのだろう。
 今学期からは私が高三だ。果たして、これまでの高三達のように、後輩から卒業を惜しまれるような先輩になれるのかわからない。けれど、自分なりに努力し続けようと思う。
 昔から「努力は報われる」と言われているがこれは本当だと、私は自身のこれまでの立教生活を通して確信している。だから、後輩達にも、たとえ挫折したとしても、決してあきらめず努力し続ける精神をしっかり持ってもらいたい。それにはまず、高三になった私が、手本となるようにしなければいけない。残り約半年の立教生活で、私を通して後輩達が「努力の大切さ」を少しでも感じ取ってくれる、そんな高三になることが、高三としての私の目標だ。
 他人から認められるような自分になるためには、まず自分で自分を認められるようにしなくてはいけない。夢見た赤ネクタイを身に付けている以上、私は自分の限界を定めずに様々な事に一生懸命取り組みたい。そして、立教を卒業する時には、達成感に満ちた笑顔で卒業したい、と思った。
(高等部3年生 女子)