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1学期末に表彰された読書感想文 銀賞:千野栄一『外国語上達法』を読んで


僕は父親の仕事の都合で、人生のおよそ3分の1を海外で過ごしてきた。そんな中で僕が出会ってきたものは色々とあるが、その中でも小さい頃から僕にとって一番すごいことのように思えたのは、日本と違う国の人たちが、日本語ではない言葉を話す光景だった。
自分には全くわからないのに、他の人にとってはその言葉を話すことが普通。その人達の「当たり前」の中に僕も入っていけたらな、と小さい頃からぼんやり思っていた。日本語を話す外国人を見たときなんかは、僕は宇宙人に遭遇したかのような衝撃を受けたような記憶がある。「違う言葉を僕も話せるようになりたい!」という気持ちは昔から幼くても僕の中のどこかにあった気がする。
しかし、昔の僕はやはり、違う人達の中に飛び込むのが怖かったのだろう。その国にいた時、僕は現地校やインターナショナルスクールへ行きたいと親に頼んだりすることはなく、日本人学校に通っていた。そうして今も立教に通っているが、今も英語を一生懸命自分なりに学んでいるつもりだし、大学に行けたら、自分の触れた外国語をもう一度真剣に学びたいという気持ちが立教にいて固まった。言葉への興味がより大きくなってから、僕は語学や言語学に関する本を自分で探しては読むようになった。
 
この本は25年前に1人の言語学者によって書かれたもので、以前僕が読んだ別の言語学者の本に紹介されていた推薦図書の1つだ。この本は、外国語を学ぶ上での土台として、語彙、文法、発音や辞書など様々な観点からの、言語を学習する人間として大切な意識や考え方、心構えを僕に教えてくれた。
しかし、それらの様々な指南もさることながら、僕の頭により強く残ったのは、本のあとがきの部分に引用されていたあるチェコ語の諺だった。
「いくつもの言語を知れば知るほど、その分だけ人間は大きくなる。」
最初にこの言葉を読んだ時、僕は少し驚いた。語学というものと、人間的な成長というものを結びつけて考えたことがなかったからだ。なので、僕はその諺の意味を考えてみる必要があった。
僕のたどり着いた結論は、もし人間として成熟していることの1つの要素として「他者の価値観を理解して受け止めること」が挙げられるとすれば、なるほどこの諺の言っている事にもうなずけるのではないか、というものだった。
ある言語を学ぶということは、その言語やその話者たちの持つ価値観を学ぶということでもある。もし多くの人達の価値観を「言語」というものを通して理解することができるなら、多くの言語を理解しているということは、その人がそれだけ多くの人達の価値観を理解できる、大きな人間であることを意味するのではないかと僕は思うのだ。もちろん、言葉を1つしか話せない人の人間的価値はどうか、という話をしたいのではない。しかし、このように言語を通した他者の理解の仕方もあるのではないだろうか。
古代ギリシャ人は、自分たちの民族を「ヘレネス」、他の民族の人間を「バルバロイ」と呼んでいた。「バルバロイ」は今でも形を変えて、英語の中で「野蛮な、未開の」という意味で残っているが、その言葉の元の意味は「どもる者」だったそうだ。つまり、言葉を話すのは自分達だけで、他の者が話すのは言葉ではないという認識が古代ギリシャ人にはあったという。
しかし今は、違う言語があるという認識は僕達の中にあり、それを学ぶことができる環境にある。外の世界に目を向け、その中に飛び込んでいく時に、言葉は必要不可欠なものだ。言語を学ぶことで、自分の世界が広がり、他者をもっと理解できる。そのことを忘れることなく、これから語学をたくさん学んでいきたいと思う。
(高等部3年生 男子)

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