立教英国学院

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この3月をもって退任された教職員の中から3名の方の退任の辞をご紹介します。


この3月をもって6名の方が退任されました。添田保彦先生(地理 36年勤続)、梅澤司先生(国語 5年勤続)、ラッセル先生(G.C.S.E. Biology 11年勤続)、ミセス・ウッド(校長付秘書 17年半勤続)、男子寮のクリーニングレディースのミセス・ダッドマン(22年半勤続)と、ミセス・ジョスリン(7年半勤続)。長い間ありがとうございました。
その中から3名の方に退任の辞を頂きましたので以下にご紹介します。

   *   *   *   *   *

あの日から始まった          添田 保彦

 1976年4月6日、立教女学院で働いていた私が地理の教師としてここに呼ばれ、ヒースロー空港に降り立った夜8時頃、空港は薄汚れて見えた(当時空港は古かった)。侘しい気持ちがしたのを覚えている。時差で学校に着くまで眠りこけていた。寮の四人部屋に同僚となる2人の教師がいた。荷物を少し整理して11時頃床についた。翌朝、8時頃起き、宇宿先生の所でトーストとベーコン(だったと思う)をおいしく頂いた。その後、長袖セーターで外に出て歩いた時、日本の高原の様だなと思うと同時に、「こんな所に来ちゃった、静かで空気が軽井沢のようなのはいいが、静かすぎる、何もない山村のよう。夜は真っ暗でお先真っ暗、こりゃ2年で帰ろう」と思ったのを覚えている。
その後、教室整理、ベッド運び、校内清掃等1週間で学期が始まるまで働いた。学期が始まると中学2年生の担任となった。全校生徒数は95人、高校生は5人いたが、その当時は正式に文部省の許可は受けておらず、その学年が高3になって初めて正式に日本の高校と同じ資格になった。最初の二年はがむしゃらで徹夜に近い時も多かった。生徒も教員も殆ど何もないところから創っていった。宇宿先生の提案で初めての球技大会が5月に行われた。今と違い、女子の方が少なかったせいか、女子は物足りなさそうにしていた。翌年、中学修学旅行が初めての海外スイスになり、担任として付き添ったものの、入国の時に生徒に仏語を手伝ってもらった。天気も良く、素晴らしく楽しかった。1977年、女王のシルバージュビリー(即位25周年記念)で、生徒が貼り絵を作り、ロンドンの宮殿かまたはどこか他の展示場に持って行った。今年、ダイヤモンドジュビリー(即位60周年記念)の年に退職することになったのが感慨深い。
2年で帰るつもりがあっという間の36年。短かったような、いや長かったような。思い出すのは生徒と過ごした日々。色んな事が起き、思った日々。生徒がいたからここまで来られたのだと思う。(反面教師でしかなかったかも...)生徒に一番感謝している。英国の自然・鳥・羊・きつね、リスさんにも同じく感謝して、さようならとありがとうを言います。 皆さん、お元気で。

From Mrs Wood

I initially came to Rikkyo as a part-time English teacher 18 years ago, and was delighted to be offered the position as Headmaster's Secretary the following year. I have always enjoyed coming to the School in its beautiful setting and experiencing all the seasons here,
particularly the Spring, when the cherry blossom is so spectacular.
Everyone I have worked for has always been appreciative of my efforts and, although sometimes demanding, I have always found my job very interesting. I love the calm atmosphere here, with occasional bursts of exuberance from the students - always a delight to hear.
I am looking forward to spending more time with my grandchildren, although I will miss the School, so I plan to return for concerts and Open Days.
My one regret is that I didn't make an effort to learn Japanese, beyond the essential phrase, when answering the telephone to a Japanese speaker, "Sho sho omachi ku dasai!"

From Mrs Russell

I would like to thank the staff and students for making my 12 years at the Rikkyo School very happy ones. I have always been amazed at the students' determination to achieve the very highest of academic standard - and in a foreign language!!! I have to admit they have been very supportive in my lack of ability in learning more than a few words in Japanese. What I will miss most is their sense of humour and eagerness in answering questions. My time with them has enabled me to have an insight into the Japanese way of life and unique culture. It is a culture that produces an inner calm and tranquillity. I leave with the fondest of memories.
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