教育や芸術は歴史的に見ても、最初から宗教と深く関わっていました。日本では仏教、西欧ではキリスト教です。教育は寺院や修道院で行われ、そこでは当然のように知識だけではなく、人が人として生きることの大切さを教育の基本としてきました。自分の生命や心を大切にするだけでなく、他の人々の生命や心をも尊重することで、それはまた社会の基本でもありましょう。
これを仏教では慈悲、キリスト教では愛といいます。日本では建国以来、聖徳太子によって仏教の礎が築かれ、日本最初の総合大学といわれる最澄の比叡山延暦寺以来、この慈悲の心は日本の教育の基本を貫いていました。また西欧諸国ではローマ帝国によるキリスト教の公認以来、各地の修道院が教育の現場であり愛の心を基本とする教育が行われてきました。この伝統は現代でもオックスフォードやケンブリッジ大学、またイギリスの多くの学校で絶えることなく伝えられています。しかし残念なことに、日本では第二次世界大戦以後の政教分離の政策により、日本文化に深く根差していたこの仏教の慈悲の心が教育から追放されました。その結果、戦後教育では知識と利益が先行し、政治、経済、社会、家庭などあらゆる分野で、自分だけ良ければ良しとする風潮が支配しているとの指摘がなされています。その結果、人間として生きる充実感や満足感が失われ、自分に少しでも都合が悪くなると、すぐ自他共にキレル状況が生じたと思えるのです。
これを幼児教育では社会性の欠如と言い、自制、忍耐、努力、協力などを幼稚園や保育所では育てるよう努めますが、それらは本来全ての教育の底を流れるべきものと考え、この立教英国学院では礼拝を中心に大切にしています。もちろん信仰は自由であり何ら強制されるものではありませんが、ここの生徒達がその人格の形成の過程に於いて、ここの日常生活の中でこれらを自然に身に付けて行ければと願っております。
またその一方で、日本を離れると返って外から見られるだけに、日本の本当の姿が見えてくるのです。例えば、日本では当たり前に食べていた日本の食物の深い味わいや美味しさは、長い海外生活で初めて分かって来るのです。このように日本の文化や芸術の深さ美しさを、心に刻むときをまた大切にしたいと思っています。いちど心に刻んだことは一生忘れえぬ、その人の宝となり生涯を豊かに満たし続けます。
国際化とはただ単に英語や他国語を学ぶことだけでなく、他には無い各国固有の伝統、文化、宗教、思想、慣習などを尊重することだと思います。それには自らの日本の文化や伝統を深く理解し誇りと自信を持つこと、そこに根差してこそ初めて他の民族や固有の文化伝統をも、それぞれ尊重する心が芽生えるのでしょう。海外にあるからこそ、立教ではかえって日本をも大切にする心も育てられるのではないか、これらのことにも深く留意したいと考えております。